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足立区竹の塚の個別塾

2020/11/10
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 朝晩冷え込みが厳しくなりました。布団の温かさが恋しい今日この頃です。この寒さの影響かコロナウイルスの感染者も増えてきました。皆様ご自愛ください。

 さて、今日は勉強とは何かについて私なりに思うところがあるので思うがままに書いてみようと思います。

 勉強と言われて皆様を何を連想されますか。英語の学習でしょうかあるいは数学でしょうか、その他様々な科目を思い浮かべる方も多いかと思います。私はそれらはあくまでも学習であり、勉強とは少々違うような気がしています。

 そもそも勉強という漢字を見てもらえばご理解いただけると思いますが、どこにも学びに関係する言葉がないということです。普通に漢字を読めば「強かに勉める」となり、分かりやすく言うなら「無理にでも努力する」ということになるからです。確かに学生の立場で無理にでも努力するものとは何ですかと聞かれれば学問の習得になるでしょう。そういう意味では勉強イコール学習となるのも無理からぬことです。

 しかし本来学問、学習とは自発性が重要であり、さらに言えばその学習を通してほかのことを学ぶことが重要であると考えています。どうするればより覚えられるのか、どのようにすればより点数が取れるのかといった戦術的な視野と実践力の強化、将来あるべき、ありたいものになるために何をすればよいのかといった戦略面の視野を鍛える場であるべきだと思います。一言でいえば手段と目的の理解をする能力の強化ともいえるでしょうか。

 多くの子供たち(ともすれば保護者の方々も)は、目的と手段が逆転しています。勉強のための勉強をしています。そもそもなぜ勉強するのか、なぜ成績を上げる必要があるのか、なぜその学校に行く必要があるのか、なぜその会社に行く必要がるのか。そこまでのビジョンがあって初めて、どこまでやるべきなのかが見えてくるはずです。しかし、現実的にはそのような状況にある人は決して多くありません。ですから、子供たちの多くは苦手なものには目をつむり、克服するための努力をしないのです。本来あるべき勉強というものからほど遠いことになるのです。

 学習塾という存在はある意味、真の学習の対極にあるのかもしれません。どうやって合格に向けて、戦略を立てるか。それはともすれば苦手科目を切り捨てることもあります。本来は、その苦手科目や意識の克服が第一であるべきなのに。時間やお金が無制限であるならば塾もそうあるべきであると私は思います。しかし、現実はそうではありません。いかに第一志望に、レベルの高い学校に受からせられるかがステータスになっているからです。できる限り興味や関心、成功体験などを通して真の学習の在り方にできればいいと思っています。

 今だ出来ていないことですが自戒を込めて書きました。