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個別塾 春期講習

2021/03/12
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三寒四温、一雨ごとに春が来るとはよく言ったものです。まさにその通りですからね。皆様いかがお過ごしでしょうか。今回も日常に感じたことを中心に書き連ねたいと思います。

 近年、特に高齢者による自動車の駐車場を中心とした暴走事故のニュースが頻繁に流れてきます。ある方は車の不具合のせいであり、自分のせいではないとおっしゃる方もいらっしゃるようです。もしそうであるならば、なぜ若い人の暴走事故はスピード違反や蛇行運転やあおり運転以外はほとんど起きていないのでしょうか。そもそも、ここまでオートマ車が多くなかった頃はこのような事故はほとんどなかったのではないでしょうか。私は聞き覚えはありません。なぜなのでしょうか。

 個人的に思うのは本来、運転するべき人ではない人が扱えてしまうオートマ車の存在が大きいということです。昔はマニュアル車が主流でした。そしてクラッチを自らの意思で扱わなければ車は動きませんし、クラッチを切れば坂道でもない限り走り出すこともありません。車庫入れや車庫だしの時に半クラッチにせずに運転することはまずありません。逆に言えばオートマ車と比べて手間が多く、繊細な扱いが必要になります。一言でいえば乗り手を選ぶということです。その結果、今と比べて車に乗れる人と乗れない人の線引きがかなりはっきりとしていたのではないのかと愚考いたします。

 今の自動車はやれ自動ブレーキだアシスト何とかだと電気仕掛け、機械仕掛けのオモチャのようなものが大量についており、運転者の負担を軽減しています。軽減され、楽になることの何がいけないのかと思われる方もいらっしゃるかと思います。最新の車は自動運転機能です。最終的にはクルマの免許はいらなくなるのではないでしょうか。しかし、そのような状況だからこそ、本来運転するべきではない、出来るはずのない人まで運転できてしまう現実があるのではないでしょうか。

 楽になればなるほど、人間としての能力はどんどんと衰えていくのではないかと危惧しています。より便利に、より快適にと言うのはまさに人としての欲で夢であると思います。しかし、それが行き過ぎてしまったとき人という種はどうなってしまうのでしょうか。人の夢と書いて儚い。よく言ったものだなぁといつも思っています。